2012年1月30日月曜日

バレエレッスン中は私語禁止

昨日のレッスンで先生が言いました。

「入門クラスだとまだお友達もいないし慣れてないから、"休んでて"って言っても何していいか分からないわよねー。態度良すぎちゃってこっちが戸惑っちゃうわ」。

曰く、上の方のクラスの人たちはお喋りしたりしてるけど、本来ならレッスン中に話すのは先生だけ。何か注意されても「はい」とか返事する必要はなく、黙って直せばいいのだそうだ。
趣味のクラスだからそこまで要求しないが。

そういえばマッシモも、プティがしゃべりまくって指導しても、小突かれても突き飛ばされても、ただただ黙って傾聴していた。

あれはマッシモが極端に大人しいからでも、しょんぼりうなだれていた

のでもなく、スカラ座の学校時代の教えを忠実に守っていただけだったのか。先生方はとても厳しかったって言ってたからなぁ…

…と、気付いた週末だったのでした。

2012年1月28日土曜日

Roland Petit comments on Giselle by Mats Ek

イタリアの新聞Corriere della Seraより。

1997年にマッツ・エック版「ジゼル」の主役アルブレヒトをスカラ座で踊ったマッシモ・ムッルについて、振付家のローラン・プティがインタビューされた記事です。
訳が拙い部分もありますがお許し下さい。

一般メディアや多くの人がヌードにばかり注目し騒ぎ立てたのに対し、自身もそのアヴァンギャルドさゆえにスキャンダラス(とされる)な振りや演出を用いて表現するローラン・プティの見方はやはり違います。
それでも新聞側は、なんとかスキャンダラスなボキャブラリーを使って書き立てようとしているのが嫌らしいですが・・・


【記事本文】

スカラ座で上演中の、ヌードシーンもある革新的な「ジゼル」の主人公は巨匠ローラン・プティの"教え子"である。

「僕はマッシモ・ムッルが舞台でジゴロという'わらじ'を履き、あのフラッチを赤面させるのを見たし、彼はチャイコフスキーの『白鳥』初のアブストラクトな白鳥役を演じることになるだろう」。

「マッシモ・ムッル?スキャンダラスな役に最適だよ」。

振付の巨匠ローラン・プティはマッツ・エック版「ジゼル」で完全に新解釈された裸体の王子に太鼓判を押した。先週水曜日にスカラ座で初演された(テレビ放映は修正版第2幕と無修正の第1・3幕)。

「ムッルは心をかき乱された人物を具現化するために生まれてきたようなダンサー。それに素晴らしいテクニックに恵まれている」とプティは請け合う。「コレット(フランス人作家)の作品にインスパイアされ、2年前『シェリ』での(カルラ・)フラッチのジゴロ役に選びました」。

このキャリアで最初の大抜擢により、ムッルは"ライバル"であるもう1人のスカラのプリンシパルダンサー、ロベルト・ボッレに大胆な一撃を食らわした。

Fracci and Petit, Cheri rehearsal

「リハの最中僕はムッルに、年上のレアに対するシェリの肉欲を身体で表現するように言った」。

プティはその当時を語る。

「しかし脚の付け根にちらりと視線をやるだけで十分だったのです。フラッチが本当に恥じらったのでね。マッシモは性格的に暗くて控え目だと思っていたので驚きました」。

全裸の王子の次は、またショックな役柄が当てられていると、予告したのはプティ本人である。

「ムッルはこれから私のチャイコフスキーによる『白鳥の湖』で、逆の役を演じます。ジークフリート王子ではなく、伝統的には女性が演じる白鳥の役です。
王子役にはペテルブルクのキーロフバレエ団のエトワール、アルティナイ・アシルムラトワを選びました。このバレエは3月にマルセイユで幕を開け、イタリアにも間もなくやってきます」。

Asylmuratova and Murru, in Swan Lake and its Evil Spells

何故役を逆にしたのですか?

「なぜなら現代では本当の白鳥、繊細で弱い生き物は男性だから。人生でもダンスでも、女性が支配する立場にある。もちろんこれははっきりしない白鳥で、女性を甘やかに扱うよりもオスの仲間たちと群れをなす方を好むという、何の魅力もない王子です。
面白くて怖いストーリーになると思います。ちょっと30年代のベラ・ルゴシのホラー映画みたいな雰囲気で。この作品に『白鳥の湖とその呪い』というタイトルを付けましたが、『白鳥の湖とその曖昧さ』と呼ぶこともできるでしょう」。

革新的なバレエ作家であるあなたにとって、スキャンダルを起こすことは何を意味しますか?

「私の『カルメン』は1950年代のカナダではポルノだと見なされ、警察が幕を降ろせと言ったほどでした。しかしその後長きにわたって成功を収めている」。

fin.


【訳者補足】

「白鳥の湖とその呪い」について
マッシモがアシルムラトワと組んだプティのアブストラクトな「白鳥」については、前にYouTubeで画像を見ていったいこれは何?と不思議に思った記憶が。

ここにきて思いがけずプティ本人からその作品背景(なぜ男女の役を逆にしたのか)が聞けて、興味深かったです。

「白鳥の湖とその呪い」は1998年3月28日にマルセイユで初演されました。

四半世紀以上にわたりマルセイユ国立バレエの監督を務めたプティからの、バレエ団へのフェアウェルでもあったこの作品は、1995年から3シーズンコントラクティド・ゲスト・アーティストとして同バレエ団で踊った名バレリーナ、アシルムラトワ*の為に作られたもの。

そしてアイルムラトワのマルセイユでの舞台はこれが最後となりました。アシムラトワはプティのマルセイユ監督辞任に関してこう述べています。「今世界に数少ない才能ある振付家の一人で、非常にもったいないこと。彼は難しい人だけれど本当に才能があるし、マルセイユバレエ団のために全てを行いました。ストゥディオをオープンし、学校も作った。26年という歳月は一生の大部分です」。

この辺のプティに関するコメントは、マッシモがContrappunti Massimo Murruで語っていた「難しい人だ(った)けれど才能豊か」というのと一致!ですね。


Altinai Asylmuratova
チュチュやポワントシューズを一切履かずに踊るこの作品。ポワントを取り除くというアイディアは実はアシルムラトワから発案されたのだとか。
現役時代はさぞかし美しいダンサーだったのでしょう!

*アルティナイ・アシルムラトワ:1961年旧ソヴィエト、カザフスタン生まれ。ワガノワ・コレオグラフィック・インスティチュートで学んだのちキーロフバレエに1987年入団、4年でプリンシパルに昇格。世界各国でゲスト・アーティストとして活躍。2000年にワガノワ・アカデミーのアートディレクターに就任後、舞台は引退。

参考:http://www.kirov.com/hstories/altyroland/altyroland.html

 

【原文】

http://archiviostorico.corriere.it/1997/dicembre/20/Roland_Petit_quel_ballerino_nudo_co_0_97122012874.shtml

IL CASO Il protagonista che appare svestito nella rivoluzionaria " Giselle " in scena alla Scala (ripreso da tutti i tg) e' il " pupillo " di un grande maestro

Roland Petit: quel ballerino nudo, perfetto per ruoli choc

Il coreografo: " Ho scoperto io Murru: sul palco imbarazzo' la Fracci nei panni di un gigolo' . E sara' il primo cigno ambiguo di Ciaikovski "

----------------------------------------------------------------- IL CASO Il protagonista che appare svestito nella rivoluzionaria "Giselle" in scena alla Scala (ripreso da tutti i tg) e' il "pupillo" di un grande maestro di VALERIA CRIPPA Roland Petit: quel ballerino nudo, perfetto per ruoli choc Il coreografo: "Ho scoperto io Murru: sul palco imbarazzo' la Fracci nei panni di un gigolo'. E sara' il primo cigno ambiguo di Ciaikovski" "MMARSIGLIA assimo Murru? Perfetto per ruoli scandalosi". Parla Roland Petit, il primo grande coreografo che ha "puntato" sul principe nudo ripreso da tutti i tg nella Giselle di Mats Ek, presentata per la prima volta alla Scala mercoledi' scorso (e trasmessa in tv in versione censurata dal tg 2 e senza dissolvenze da tg 1 e tg 3). "Murru - assicura Petit - e' nato per incarnare personaggi derange', disturbati, ed e' dotato di una meravigliosa tecnica.
Infatti l'ho scelto due anni fa per interpretare il gigolo in Cheri, ispirato al racconto di Colette, accanto alla Fracci".
Quel primo grande ruolo della sua carriera Murru l'aveva soffiato al "rivale" Roberto Bolle, l'altro primo ballerino di punta della Scala, con un audace "colpo di mano": "Avevo chiesto a Murru, durante le prove del balletto, un gesto che rendesse il desiderio carnale di Cheri nei confronti della matura Lea - aveva raccontato Petit all'epoca del debutto - ed e' bastato che si sfiorasse l'inguine con la mano, perche' la Fracci manifestasse sincero imbarazzo. E' stato sorprendente, tanto piu' che Massimo appare, come persona, cupo e riservato". Dopo il principe nudo, e' in arrivo per lui un altro personaggio - choc. Ed e' proprio Petit ad anticipare la notizia:
"Murru sara' il protagonista del mio Lago dei cigni di Ciaikovski con ruoli invertiti. Non interpretera' il principe Sigfrido, ma il Cigno, ruolo tradizionalmente affidato a una donna. Per quello del principe, ho scelto Altynai Asylmuratova, etoile del Kirov di Pietroburgo .

Il balletto debuttera' a Marsiglia in marzo, ma arrivera' presto anche in Italia". Come mai questo scambio di ruoli? "Perche' oggi i veri cigni, creature sensibili ed eteree, sono gli uomini: nella vita come nella danza, e' la donna a dirigere. Questo e' evidentemente un Cigno ambiguo che preferisce unirsi a un gruppo di pennuti maschi piuttosto che concedersi alla donna - principe per la quale non prova alcuna attrazione.
Ne uscira' una storia divertente, mi auguro, e un po' mostruosa, calata negli anni '30 in un'atmosfera da film horror di Bela Lugosi. L'ho intitolato il Lago dei cigni e i suoi malefici, ma avrei potuto chiamarlo Il Lago dei cigni e le sue ambiguita". Per lei, autore di balletti rivoluzionari, cosa significa fare scandalo?
"La mia "Carmen" negli anni '50 in Canada fu considerata pornografica tanto che la polizia mi impedi' di alzare il sipario. Per la prima volta si vedevano due amanti a letto. Ma il suo successo e' rimasto inalterato negli anni".*
Crippa Valeria
Pagina 37
(20 dicembre 1997) - Corriere della Sera

2012年1月25日水曜日

Massimo Murru interview "Mediterranea"

今回はマウロ・ビゴンゼッティ振付によるコンテンポラリーバレエ「メディテラネア」についてのマッシモ・ムッルへのインタビュー記事をご紹介します。

メディテラネアは2008年にミラノのアルチンボルディ劇場で上演されました。その15年前にビゴンゼッティがトスカーナバレエ団のために作った作品をリワークしたのが2008年版です。
音楽もモーツァルトからトルコ音楽、古代ギリシャの大衆音楽などのコラージュで構成され非常にエキゾチック。

Stella自身はクラシックバレエのほうが好みで、コンテンポラリーバレエは作品によりけりなのですが、この作品はマッシモが出てるっていうことを置いといても、かなり気に入りました。振付けや演出がとてもかっこよくて、ドラマチックで、目が離せない。

そして踊る側は・・・・超~~大変そうっ (((;°д°)))
振りとしてはかなり高度で、マッシモも、ステラ(Stellaっても私じゃなくてダンサー)も、群舞の女性陣さえもが殆どアクロバティックで身体能力がよほど高くないと踊れませんっ。
今更ながら、マッシモすごいっ!
女性が身につけている赤の衣装も素敵(衣装はロベルト・ティレッリ)でした。


マウロ・ビゴンゼッティ(1960~): ローマ生まれのコンテンポラリーバレエの振付家。ローマオペラ座のバレエ学校で学び同バレエ団に19歳で入団。その後エミリア州のアテルバレットに移籍、コンテンポラリーのレパートリーで知られるダンサーだった。そこで1990年から振付けを始め、93年にレジデント・コレオグラファーとしてトスカーナ・バレエへ。97年に芸術監督として再びアテルバレットへ戻る。同バレエ団とはキャリアを通して近い関係にあるが、現在は主に海外のバレエ団に作品を書いている。彼の作品はこれまで、ベルリン、シュツットガルト、ドレスデン、英国国立、アルゼンチン、アンカラ、ニューヨーク・シティ・バレエ等で上演されている。

『Mediterranea』
振付:マウロ・ビゴンゼッティ
音楽:モーツァルト、リゲティ、パレストリーナ
監督:エリザベッタ・テラブスト
衣装:ロベルト・ティレッリ
スカラ座バレエ
エトワール:マッシモ・ムッル

<配役>
Uomo di Terra: Massimo Murru(マッシモ・ムッル)
Uomo di Mare: Antonino Sutera(アントニーノ・ステラ)
Passo a due Bianco: Francesca Podini(フランチェスカ・ポディニ)& Gabriele Corrado(ガブリエレ・コラド)
Passo a due Errante: Antonella Albano(アントネッラ・アルバノ)& Andrea Volpintesta(アンドレア・ヴォルピンテスタ)
Uomo in Bianco: Riccardo Massimi(リカルド・マッシミ)
Uomo in Rosso: Maurizio Licitra(マウリッツィオ・リチトラ)& Beatrice Carbone(ベアトリーチェ・カルボーネ)& Francesco Ventriglia(フランチェスコ・ヴェントリーリア)
Passo a due Kyrie: Monica Vaglietti(モニカ・ヴァグリエッティ)& Massimo Murru(マッシモ・ムッル)
Passo a Quattro: Monica Vaglietti(モニカ・ヴァグリエッティ)& Lara Montanaro(ララ・モンタナロ)& Marco Messina(マルコ・メッシーナ)& Fabio Saglibene(ファビオ・サリベーニ)



さて本題。
Massimo Murru in "Mediterranea"

マッシモ・ムッル インタビュー

イタリア人バレエダンサー、マッシモ・ムッルは36歳、アーティストとして円熟期を迎えている。スカラ座について思うこと、そしてこれからの展望について尋ねた。

ジョン・ノイマイヤーは彼を「ジェントル」なバレエダンサーと定義した。
確かにマッシモ・ムッルは紳士的で、またダンスにおいても、日常生活においても自己に厳しい。

(イタリア人ゲストダンサーとして初めてパリ・オペラ座バレエ団と踊る栄誉を与えられ、ローラン・プティやマッツ・エックのような偉大なマエストロ達とのコラボレーションし、シルヴィ・ギエムに選ばれしパートナーである)


"Le Parc" rehearsal
「制作にかける時間は常にタイトで、振付家と完全な調整を行う余裕がない。これは特にクラシック以外の言語で表現する振付家と仕事をする時問題となります」。

「例えばスカラ座での『ル・パルク』初演の機会にアンジェラン・プレルジョカージュ(振付家)と出会いました。僕は言ってみればより"パーソナライズされた"作品への取り組み方、真に振付家の言語に入り込めるような働き方を求めていたのです。
しかし期待とは裏腹に、既に出来上がってステレオタイプと化したバレエを踊る羽目になってしまった。登場人物の性格に到達するというよりも、抑えながら、自分なりの表現のし方を模索しなくてはならなかった」。


一方で、マッシモがアルチンボルディ劇場バレエ団と踊るマウロ・ビゴンゼッティによる「メディテラネア」再演はこんな風にはいかないだろう。

「今回のためにマウロ自身が90年代に作った振付をさらに発展させ、特に僕のパートを見直すでしょう。メディテラネアのおかげでかなり忙しくなると思う。何故ならこの作品は当時トスカーナバレエのために作られたが、残念ながらあの優れたバレエ団はもう存在しない。彼らはエネルギーとパワーに溢れたアバンギャルドなダンサー達から成り、ビゴンゼッティの極めて肉体的な言語にうってつけだった。
彼の作品はニューヨークシティバレエとシュツットガルトバレエ団で上演されています。そしてスカラ座にも彼の歴史に残る作品がやってきた。僕たちは全員、彼のスタイルに慣れようと必死です」。

でもその前(3月7日から)再びロミオとジュリエットが控えている。
「美しさとテクニックばかりが重要視される今日のバレエ界では、エマヌエラはまだあまり知られていない。彼女はいい意味で"オールド・スクール"出のダンサーです。敏感で音楽的、自分の踊りの表現力を通してストーリーが語れる。僕は彼女と相性が良く、10月にまた組んで『椿姫』を踊ります」。


Massimo Murru e Emanuela Montanari in La Dama delle Camelie

Massimo Murru in "La Dama delle Camelie"

Akram Khan & Sylvie Guillem in "Sacred Monster"
パートナーと言えば、ムッルは長いことシルヴィ・ギエムと組んできた。他に組んでみたいダンサーはいますか?
「シルヴィとは最近、日本全国ツアーに行きましたがここでもクラシックの演目『白鳥の湖』を踊りました。
しかし彼女は最近アクラム・カーンとの作品など、コンテンポラリー寄りのプロジェクトに忙しい。個人的には舞台に重きを置く人と仕事をするのが好きです。

そういった意味で僕を驚愕させたのは、ハンブルグバレエのプリマバレリーナで、僕がノイマイヤー版「ロミオとジュリエット」を一緒に踊ったシルヴィア・アッツォーニです。
彼女はとても強烈で強靭、繊細で音楽的、非常に素晴らしい。バランシンの「ルビー」*を踊るのを見ましたが、驚嘆した。残念ながら、ハンブルグバレエ団のトップであり、スカラ座のような劇場に招かれるべきなのに実現しません・・・」

*ジョージ・バランシンは1967年、NYの宝石店ヴァン・グリーフ&アーペルの息子で、バレエの熱烈なファンだったクロードがスポンサーになり作られた三部作。バランシンは「エメラルド」にはパリ、「ルビー」はNY、「ダイヤモンド」はサンクト・ペテルブルクと、自分のよく知る都市をテーマに振り付けた。

スカラに関してですが、エリザベッタ・テラブスト監督の復帰についてどう思われますか?
「初めは現実になるのが嬉し過ぎて信じたくなかったほどです。僕にとってエリザベッタ・テラブストは初恋の相手みたいなもの。一生忘れられない人です。
それに最初の芸術監督時代(この頃ムッルはプリンシパルダンサーに抜擢された)から15年ぶりに再会すればお互い変わってしまっているのは間違いないとしても、非常に強くて消えようの無い関係があります。
(中略)
ミラノに戻る決心をしてくれて本当に嬉しい。今の状況は決して最良ではないし、15年前に比べれば間違いなくより複雑なものになっているので、勇気の要る決断です。
それに、既に決まってしまったシーズンの最中に着任した為に、監督するのは困難ですしね。僕は彼女を全面的に尊敬しているし、無事にこれらを乗り越えて欲しいと思う。これまでもそうしたように、アーティストとして、監督としてね」。

今年はスカラ座での出番が増えましたが、新監督のおかげですか?
「ここ最近は仕事とプライベートの両面で考慮しなくてはならない事がありました。少し前まであまり強いモチベーションを持つことが出来ずにいた。
今年になってからスカラ座のレパートリーは前よりもずっと今の自分に出来ることと近いので、刺激が戻ってきました」。

あなたのアーティストとしてのスタートにとても貢献した振付家、ローラン・プティの作品を再び踊りますね。
「これもまたエリザベッタ・テラブストのお陰だと言えるでしょう。近年疎遠になっていた(スカラ座と)プティとの関係が復活した。
スカラ・ナイトのプティ・ガラでは、ボッレとダブルキャストで『アルルの女』と『カルメン』を踊りますが、残念ながら『若者と死』はなしです」。

まだ踊ったことのない作品で演じてみたいものはありますか?
「もちろん。ありきたりですがジョン・クランコの『オネーギン』です。36歳になった今、役に適している。モーリス・ベジャールがマルシア・ハイデ*とジョン・ノイマイヤーの為にイオネスコ**の演劇を元に作った『椅子 (Les Chaises』を再演するというアイディアもある。残念ながらこれは夢のまま終わってしまいそうですが。


*Marcia Haydée(1937~): ブラジル生まれのバレエダンサー。サドラーズウェルズで学び、シュツットガルトでプリマバレリーナとなり、振付家ジョン・クランコのミューズ("ダンス界のマリア・カラス"と呼ばれた)として「ロミオとジュリエット』など多くの作品をヌレエフ、バリシニコフらと踊った。シュツットガルト、サンチャゴバレエ(チリ)の芸術監督を務め1995年に引退。
**Eugène Ionesco(1909~1990): ルーマニア出身のフランス人劇作家。「椅子」は島に暮らす老夫婦が想像上の宴を催し空の椅子ばかりが部屋を埋め尽くしていき、最後に老夫婦が自殺するというあらすじ。

【原文】

http://www.myword.it/teatro/news/49388

Intervista a Massimo Murru

Il ballerino italiano si trova, a 36 anni, nel pieno della maturità artistica. Gli abbiamo chiesto cosa pensa della Scala e quali sono in suoi progetti

John Neumeier l'ha definito un danzatore "gentile" , sintetizzando in un aggettivo old fashion in questi tempi tecnologici la grazia maschile della sua presenza scenica e la peculiare, introversa sensibilità d'interprete. E certo Massimo Murru è davvero gentile, oltre che esigente, nella sua danza, come nella vita di tutti i giorni.
Sta volutamente ai margini dei bagliori dello star system, anche se è tra i ballerini italiani ad avere nel suo carnet riconoscimenti artistici prestigiosi (dall'essere stato il primo guest italiano a ballare con il Balletto dell'Opéra di Parigi e a collaborare con maestri come Roland Petit o Mats Ek, ad essere uno dei partner prediletti di Sylvie Guillem) e proprio da questa posizione, si riserva il lusso di esprimere le proprie opinioni su ciò che gli piace, su ciò che non gli piace e su ciò che vorrebbe dal mondo della danza.
Per esempio le modalità di lavoro scandito dai tempi dei teatri d'opera.

"I tempi spesso ristretti, a ridosso delle produzioni, non consentono talvolta di entrare pienamente in sintonia con i coreografi con i quali si lavora - osserva infatti Massimo - Ed è un fatto problematico specie quando lavori con autori di un linguaggio diverso da quello classico. Per esempio ho trovato un'occasione in parte mancata l'incontro con Angelin Preljocaj, in occasione del debutto scaligero di Le Parc, perché speravo di poter lavorare in maniera più ‘personalizzata', diciamo così, con il coreografo, per entrare davvero nel suo linguaggio.
Invece in quest'occasione si è limitato a rimontare un balletto già consolidato e fissato in un cliché, dentro il quale ho poi dovuto trovare un mio personale modo di interpretare, diciamo togliendo, più che aggiungendo al carattere del personaggio."
Non così succederà invece con la ripresa di Mediterranea, il balletto firmato da Mauro Bigonzetti che Massimo interpreterà con il Balletto della Scala al Teatro degli Arcimboldi dal 25 marzo:
"Per l'occasione, infatti, Mauro amplierà parte della coreografia che aveva creato negli anni '90 e lavorerà in particolare sulla mia parte.
Dico fin da ora che credo che Mediterranea mi farà preoccupare e lavorare tanto. Perché? Perché quando fu creato, fu pensato per una bellissima compagnia, che purtroppo non esiste più - il Balletto di Toscana - formata da danzatori all'avanguardia, pieni di energia e forza, perfetti per il linguaggio estremamente fisico di Bigonzetti. Il quale, ed è bene ribadirlo perché qualcuno in Italia ancora non l'ha chiaro, è sicuramente il nostro coreografo più rappresentativo, quello che ha saputo imporre un'originale cifra stilistica nel mondo.

I suoi lavori sono al New York City Ballet e al Balletto di Stoccarda. Giusto che arrivi con un titolo storico anche alla Scala. Devo dire che siamo tutti molto impegnati nell'aderire al suo stile."
Prima però (dal 7 marzo) c'è il ritorno al personaggio di Romeo in Romeo e Giulietta, a fianco di Emanuela Montanari, danzatrice in forza alla compagnia scaligera, che dopo Marguerite di Dame aux Camélias affronta un altro grande ruolo proprio accanto a Murru. Che così ne parla:
Emanuela è una danzatrice fuori dagli schemi di oggi, tutti protesi all'esaltazione dell'estetica e della tecnica. Lei, e lo dico come apprezzamento, è ancora della ‘vecchia scuola', è sensibile, musicale, sa raccontare benissimo attraverso l'espressività della sua danza. Mi trovo molto bene con lei, con la quale a ottobre danzerò ancora La Dame."

A proposito di partner, Murru ha da tempo un sodalizio con Sylvie Guillem. Ma con quale altra danzatrice amerebbe danzare?
"Con Sylvie ho recentemente danzato in un grande tour giapponese, dove ha ripreso anche un ruolo classico, Il Lago dei Cigni. Oggi però è sempre più impegnata in progetti, come quello con Akhram Khan, che le stanno facendo prendere altre strade.
Personalmente devo dire che amo lavorare con persone che abbiano un ‘peso' in palcoscenico: con artiste davvero interessate al lavoro in scena e non, come mi sembra accada sempre più spesso, a ciò che sta intorno al nostro mondo. Un'artista che mi ha sbalordito, in questo senso, è stata Silvia Azzoni, prima ballerina dell'Hamburg Ballet, con la quale ho danzato in Romeo e Giulietta di Neumeier.
È intensa, forte, sensibile, straordinaria, musicalissima.
Ricordo di averla vista interpretare, come mai fino ad allora, Rubies da Jewels di Balanchine: una magnifica sorpresa. Purtroppo, pur essendo ai vertici della sua compagnia, non è invitata, come meriterebbe, in teatri come la Scala..."
A proposito di Scala. Cosa pensa del ritorno di Elisabetta Terabust alla direzione della compagnia?
"All'inizio non volevo nemmeno crederci: era troppo bello per essere vero. Per me Elisabetta Terabust è come il primo amore: quello che non si scorda mai.

E anche se ci ritroviamo dopo quindici anni, dalla sua prima direzione (durante la quale Murru fu nominato primo ballerino, N.d.r.) e inevitabilmente siamo cambiati, c'è qualcosa di quel legame che è fortissimo e indissolubile.
Prima parlavo di persone ‘di peso'. Ecco per me Elisabetta è una personalità con tale autorevolezza e esperienza che può solo far del bene. Al solo vederla passare nei corridoi intimidisce, incute rispetto. È ciò che ci vuole per una compagnia, che deve basarsi sulla disciplina.
Le sono molto grato dell'aver deciso di tornare a Milano. Una scelta molto coraggiosa perché la situazione non credo sia migliore e certo è ancor più complicata di quindici anni fa. Ed è arrivata con una stagione già fatta e quindi difficile da gestire. Ha tutto il mio rispetto e mi auguro che esca da questa esperienza, come già le è successo, a testa alta sia come artista che come direttore."
Le sue apparizioni in Scala, quest'anno, sono aumentate. Merito del nuovo direttore?
"Diciamo che negli ultimi tempi c'è stata una necessità di riflettere sia a livello professionale che personale. E fino a poco tempo fa non trovavo grandi motivazioni. Da quest'anno il repertorio scaligero è molto più adatto a quello che posso fare oggi e quindi sono tornati gli stimoli."
Tornerà anche a danzare i lavori di un autore che ha molto contribuito al suo definitivo lancio artistico, Roland Petit:
"Anche qui credo che il merito sia di Elisabetta Terabust che ha fatto sì che si riallacciassero i rapporti con Petit, che ultimamente si erano allentati.
Nella Serata scaligera a lui dedicata, in alternanza con Roberto Bolle, danzerò quindi Arlesienne e Carmen. Purtroppo niente Jeune Homme et la mort."
Ci sono altri balletti che amerebbe danzare e ancora non ha interpretato?
"Sicuramente, ed è anche banale dirlo, Onegin di John Cranko, ruolo perfetto per ciò che oggi, a 36 anni, posso dare come interprete. C'era anche l'idea di riprendere Les Chaises, che Maurice Béjart aveva creato per Marçia Haydée e John Neumeier dalla pièce di Ionesco. Temo però che questo rimarrà purtroppo solo un sogno."

2012年1月24日火曜日

私を取り巻くバレエ好きな人々

恋愛において、"恋そのものよりも楽しいのは、女友達との恋ばな"だ、と思う。
だけど男は、むやみやたらに自分の恋愛(こと相手の女性)について語るべきではない、とも思う。
なんて勝手なのだろうか。勝手と知りつつも、もし世の中が全てこんな風(=男子寡黙、寛容)なら、世界は平和だ。



それと同じで、バレエもひとりで陶酔するよりも、仲間と観たり語ったりする方が、楽しさ100倍なのである。


★頼りになる我が同僚★

Mさんは職場でいつもお世話になっているばかりか、NBS(日本舞台芸術振興会)会員でらっしゃるので、我々バレエ好き若葉マークの迷える子羊達の分のチケットも、先行予約特典を利用していい席を取ってくれるのだ。

前に書いた「バレエ鑑賞ランチ」に参加してくれる法務のマドンナMさんも、殆どマブダチな業者のTさんも、もちろんStellaも一緒につれだって、4月にウィーン国立バレエの「こうもり」を観に行くことになった。
見たいと思っていたマニュエル・ルグリも来るとあって、今からかなり楽しみである。

そんな大人数になっても、面倒がらずにまとめてチケットを取って面倒見てくれる、頼りになるお姉さんなのだ。

Stellaがマッシモに出会ったその時も、Mさんは隣に居た。

生まれて始めての”出待ち”も、彼女と一緒にした。
マッシモの前に立つとキンチョーしてしまい、言いたいことの半分も出てこない、らしくない私を後ろで見守り励ましてくれた。




★きっかけは「ボレロ」★

前にも書いたけど、そもそもの始まりは2008年7月のベジャール追悼ガラ(@ヴェルサイユ宮殿)。
東京バレエ団をはべらし、神々しいまでにかっこよく「ボレロ」を踊るシルヴィ姐さんに惚れ、絶対また観たいと強く思ったことである。
(思えばギエムなしにはマッシモにもバレエにも出会えなかった。姐さん有難う。)
これだってバレエ好きな友達F子に誘われなければ気付きもしなかったイベントである。

シルヴィ・ギエム「ボレロ」。
何度見ても泣けます。

今の会社に転職した2010年、入ったその日にバレエ談議で盛り上がるMさんを見て

この人ならギエム来日をいちはやくキャッチするに違いない

と確信した。(そしてその読みは正しかった)

だから即効
「私バレエは一回しか観たことないんですけど、シルヴィ・ギエムをもう一度見たいんです。だから来日する時教えて下さい」
とお願いした。

当時の私はバレエ自体に興味はなく、シルヴィ・ギエムさえ見れれば良かったので、他のダンサーを観に劇場へ行こうなんて考えもせずにひたすら「ギエムまだ来ないかなー」と思っていたのだった。



★そしてシルヴィ来日★

とうとう彼女はやって来た。
しかも東日本大震災のチャリティーだなんて、さすがやる事が違う、男前だぜっ

シルヴィ・ギエム、マッシモ・ムッル 「マノン」 寝室のパドゥドゥ。
これは100回くらい観ても飽きない(笑)

「ボレロ」じゃないけど、やっとシルヴィが見れる。(この時Stellaがチケット取った~正確にはMさんに取ってもらった~プログラムに含まれてたのは「マノン」と「田園の出来事」)


その日会社でMさんはふと思い出したように言った。

そういえば今日のシルヴィの相手はイタリア人でけっこうイケメンですよ

今思えば彼女の言葉はなんて真実だったのだろうか


私がイタリア好き(プラス、美人好き)なのを知っているのでそう教えてくれたのだ。
タリと聞いただけでいい気分になれる、安上がりでおめでたいStella。

さらに今夜の公演への期待度アップ!

でも"イケメン"てのには期待してなかった(男子バレエダンサーに誤ったイメージを抱いていました御免なさい)ので、ググってみようともしなかった。
あくまで見たかったのはギエムですから…



★砂漠にオアシス、Gさん現る★

ギエムのみに対して抱いていたLoveとは裏腹に、"あくしでんたりー"マッシモに惚れたStella。

そんな私が次に欲しがったものはマッシモの写真。だっていつも見ていたい。
それを与えてくれたのがMさんのバレエ仲間のGさんである。


マッシモ熱冷めやらぬ私に、ある朝Mさんは出勤するなりバサっと大量の写真をプレゼントしてくれた。

ぎゃーーーー 何これっっ どうしたんですか?!

とコーフンする私にMさんはさらりと「お友達が撮ったんです」。

えっ?焼き増ししてくれたの?見ず知らずの私のために?(しかも望んだ矢先のこの早さ)

二人のその親切心とスピードと連携プレーにも驚嘆するが、Gさんのパパラッチ(?)ぶりにも感心する。
どれもかなりのクロース・ショット、かつピンボケしていないのである。
これだけ写真を撮るってことは相当ファン?だろうに、手もブレず、シャッターチャンスを逃さない冷静さ。

まだ見ぬGさんはこのときStellaの中でかなりの「デキル女」としてインプットされた。

Mさん、その方そんなにマッシモファンなんですか?

Mさん「んー、多分Gさんの好きなダンサー10本指に入ると思うけど

じ、じゅっぽん??

そんなにいるんかい!
私なんかダンサー自体10人も知らないのに。
と、おったまげたものでした。



★マッシモだらけ。★

これ、Stellaのオフィスのデスクの様子。


美しい物に囲まれていたいの

(右側の写真は昔勤めてた化粧品ブランドのビジュアルを、アートディレクターさん本人からいただいたものである)

マッシモの写真多すぎてコワイ。

なんて思わずに。
(これはほんの一部です)

だって好きなんだもの。



写真をくださったGさん、ほんとにほんとにありがとうございます。大切にします。


GさんもMさんも、一番すきなのは、やっぱり王子 (マラーホフのこと)
マラーホフの舞台の時は幸せそうな2人を見て私も嬉しくなっちゃった。
好きな人が(マッシモに比べれば)しょっちゅう日本に来てくれて、いいなーいいなー


Stellaはしばらく写真と動画と記事で我慢します。

アーメン。(修道女の気分)

誰にでもわかる『椿姫』 ~バレエ編~

バレエはまったく素人のくせに、数ヶ月前にシルヴィ・ギエムとマッシモ・ムッルの舞台を観てフォーリンラブ、そこから個人的興味で始めた「マッシモシリーズ」により、すっかりバレエ一色になってしまったStellaのブログ。

にわかに学習し始めてまず思ったのは、
バレエブログは星の数ほどあるけれど、バレエに詳しくない人にもわかるブログは少ない…
ということ。
使われてるボキャブラリーもこなれすぎていて、高い知識レベルと舞台鑑賞の場数の違いから来ると思われる、ノリというかテンションの高さにはついていけず、
orz あぁぁぁ

と、Stella自身がブログを始めたついぞ数ヶ月前から痛感しているので、普通の人にも読んで理解出来るブログにしたい。

そんな想いもあって、私のブログでは注釈はなるべく親切に書いてるつもり。写真もなるべく豊富に入れてイメージがわきやすいようにしています。たとえ今後バレエに詳しくなったとしても、初心忘れるべからず…



というワケで、突然ですがバレエでもとてもポピュラーな作品のご紹介を。演目は勝手に選びました。

「誰にでもわかる『椿姫』」、行くよ‼


「椿姫」との出会い

バレエはもとより、このアレクサンドル・デュマの「椿姫」を読んで知っている知的な方もいらっしゃるでしょうが、私は詳細を知りませんでした。


Stellaは昔、小野弥夢(おのひろむ)さんの「ディーバ Diva」というステキかつ教養レベルの高い漫画でオペラの「椿姫」についてちょこっと出てきたのが出会いです。
ご存知、これは娼婦が主人公ですので、作品「椿姫」の解釈に苦労する若い主人公の女の子に向かってマエストロ(先生)が、原題"La traviata"(ラ・トラヴィアータ)は「道を踏み外した女」という意味だと言ったのが役の理解の手掛かりになるというくだりが印象深かった。

漫画「ディーバ」はオペラに特に興味がなくとも楽しめるのでオススメです!



「椿姫」は実話をもとに描かれている

「椿姫」の著者アレクサンドル・デュマ・フィスまたは小デュマ(Filsは仏語で息子の意)は父アレクサンドル・デュマ・ペールまたは大デュマ(pèreは仏語で父)の私生児で、彼自身が恋した娼婦Marie Duplessisとの実話をもとに描かれている。(彼のイニシャルADも物語の主人公Armand Duvalと同じ)

また、同じくバレエやオペラで人気の演目「マノン(・レスコー)」とのつながりも興味深い。(詳しくはあらすじで。)
この「マノン」が有名になったのも、「椿姫」の芝居やオペラの中で「マノン」を読んだり観劇したりするシーンがあるためだとか。


オペラの「椿姫」とバレエの「椿姫」は同じじゃない?

このよく知られているヴェルディのオペラ「ラ・トラヴィアータ(邦訳では"椿姫"と呼ばれることが多い)」は、ジョン・ノイマイヤー振付によるバレエ作品の「椿姫(La dame aux camélias)は、デュマの原作小説に端を発しているものの音楽的に関連性はなく、ノイマイヤーの作品の方がは原作に忠実で、ショパンの楽曲を用いています。

一方オペラ作品の方は、ヴェルディがパリで戯曲版「椿姫」を見て感激し、当時新作依頼を受けていたヴェネツィアのフェニーチェ劇場のために主要なエピソードを取り上げて作曲した(1853)もの。
今回はバレエ中心に語りますが、オペラの方も面白いのでまた今度詳しく。(^-^)

ノイマイヤーのバレエの方がオペラ作品より原作に忠実、と述べましたが、それはヴェルディの歌劇ではタイトルや主人公の名前、ストーリーが変えられているからです。



ヴェルディは、オペラの題もデュマの原作"La dama aux camélias"(椿の花の貴婦人)*ではなく"La traviata(道を踏み外した女)"とし、主役の名もアルマンとマルグリットではなくアルフレードとヴィオレッタ(スミレの花の意)と変えている。また、女主人公ヴィオレッタが死ぬ場面も、原作のように独りきりではなく、アルフレードとその父に看取られて息を引き取る。
*「椿姫」は日本語の意訳

対してノイマイヤー振付けのバレエ作品は、登場人物の名前もそのまま用い、音楽も原作と同時代のショパンを使用している。もとは名プリマドンナのマリシア・ハイデのために作られたが、現在では本場はハンブルグ・バレエやシュツットガルト・バレエを中心に、世界各国で上演されている。

(また同じ「椿姫」をバレエ化した作品でも、フレデリック・アシュトン振付「マルグリットとアルマン」もある。こちらはこれまたバレエ界の大スター、ヌレエフとフォンティーンのために作られ、彼らの死後しばらくは上演禁止となっていた)。


題材として愛された「椿姫

まとめるとこんな感じ↓

オペラ「椿姫(La Traviata)」
台本:フランチェスコ・マリア・ピアーヴェ
原作:『椿姫 (La Dame aux camélias)』、アレクサンドル・デュマ・フィス(小デュマ)
音楽:ジュゼッペ・ヴェルディ
初演:1953年 フェニーチェ劇場、ヴェネツィア

バレエ「椿姫(La Dame aux camélias)」
振付:ジョン・ノイマイヤー
原作:『椿姫 (La Dame aux camélias)』、アレクサンドル・デュマ・フィス(小デュマ)
音楽:フレデリック・ショパン
初演:1978年 シュツットガルト・バレエ マルグリット役はマリシア・ハイデ

バレエ「マルグリットとアルマン(Marguerite and Armand)」
振付:フレデリック・アシュトン
原作:『椿姫 (La Dame aux camélias)』、アレクサンドルデュマ・フィス(小デュマ)初演:1963年 ルドルフ・ヌレエフ、マルゴ・フォンティーン
音楽:フランツ・リスト



「椿姫」は題材として多くの人に愛され、何度も舞台化・映画化されています。

そもそもなぜ椿姫は椿の花の貴婦人と呼ばれていたかというと、椿の花を好んで、いつも劇場や社公場に姿を現していたから。そして月のうちの25日は白い椿を、5日間は、赤い椿を胸に飾っていたそうです。(察しの良い方は、色の変化が何を意味するのかお分かりでしょう。彼女の職業が何だったかを考えれば、とてもプラクティカル。)


映画版「椿姫」 イサベル・ユペール主演 (1981)


ノイマイヤー版「椿姫」 あらすじ

【プロローグ】
マルグリット・ゴティエが死に、屋敷の物がオークションにかけられる。忠実な召使いだったナニーナは馴れ親しんだ屋敷を後にしようとしている。訪れた野次馬、バイヤー、知人や友人の中にアルマンの父デュバル氏の姿があり、訪問客を受付けている。そこへアルマン・デュバルが駆け付けて来、悲しみのあまり気を失う。父が息子に気付いて優しく支える。溢れる思い出に圧倒され、アルマンが語り始める。

Hélène Bouchet as Marguerite Gautier (2009). Photo: Holger Badekow / Hamburg Ballett ©

【1幕】
ストーリーは Théâtre des Variétés ヴァリエテ劇場で始まる。ロココ時代の高級娼婦マノンが、愛してやまない贅沢な暮らしと本当の愛との間で苦しむという筋書きの有名なバレエ作品「マノン・レスコー」が上演されている。パリで最も美しく人気のある高級娼婦マルグリット・ゴティエも観客席にいる。マノンの苦境に心動かされながらもその不実さを嫌悪し、自分と重ね合わせることは出来ないのだった。

Rachele Buriassi as Manon, Elizabeth Mason as Marguerite Gautier & Roman Novitzky as Des Grieux in Neumeier's Lady of the Camellias.
Photo: Stuttgarter Ballett ©

以前からマルグリットに焦がれていたアルマンは、この夜初めて正式に彼女に紹介される。一方彼はバレエに共感し、デグリュの悲劇的な運命が自身の未来にも重なるような気がして恐ろしくなるのだった。
舞台の後マルグリットは友人たちを自分の屋敷に招くことにしており、エスコートしている若く退屈なN伯爵に嫌がらせをするためにアルマンも招くことにした。マルグリットは激しい咳に襲われる。

アルマンが助けの手を差し伸べ、気持ちを抑えられなくなり愛の告白をする。彼の情熱的な告白に心を打たれつつも、自分が肺結核で長くはないことを知り、贅沢な暮らしをやめられないマルグリットは、アルマンと距離を置いた。
しかし2人の関係は深まっていく。宴から宴へ、熱烈な求愛者から求愛者へとせわしく渡りながら、マルグリットは豪勢な暮らしを続けた。アルマンは彼女を待ち続け、N伯爵が彼女に与えた田舎の屋敷までもついて行った。


【2幕】
田舎でもマルグリットは伯爵の金で豪勢な暮らしを続けた。当然のことながら伯爵とアルマンの間で衝突が起こる。マルグリットは初めて選択をした。皆の前で恋人を守り、伯爵の富と保護を投げ打ったのである。伯爵は憤怒して去って行く。

Sue Jin Kang as Marguerite Gautier and Marijn Rademaker as Armand Duval. Photo: Stuttgarter Ballett ©
アルマンとマルグリットはとうとう2人きりになったのだった。
この幸せも遠い過去なのだという思いに囚われ、アルマンは再び気を失う。父は心を打たれ、彼らに対して自分が果たした役目を思い出した。アルマンの暮らしぶりを聞きつけ、息子の留守にマルグリットの田舎屋敷を訪ね、別れを迫ったのである。

マルグリットは最初、アルマンと別れることは出来ないと拒絶するが、アルマンの世間体が悪くなると説き伏せられ、また「マノン・レスコー」に自分を重ね、彼女を愛した結果悲劇的な人生を送ったデグリュを思い浮かべると、自らの深く誠実な愛を別れることで証明することにした。
アルマンが家に戻るとマルグリットはいない。そこへナニーナが彼女からの手紙を持って来る。手紙にはアルマンと別れ、以前の伯爵との生活に戻らなくてはならないと書かれていた。アルマンは手紙を信じずに、パリへと急ぐが、そこに見たのは伯爵の腕の中のマルグリットだった。


【3幕】
しばらくして2人はシャンゼリゼ通りでばったり出会う。
アルマンはマルグリットに深く傷付けられた仕返しをしようと、彼女が同伴していた美しい高級娼婦オリンピアにすぐさま言い寄る。病も末期のマルグリットは最期にアルマンを訪れ、これ以上自分を侮辱するのをやめるよう求める。2人の情熱は再び燃え上がるが、眠りに落ちようとするマルグリットをマノンの悲劇的な残像が苦しめる。

Carsten Jung and Hélène Bouchet as Marguerite Gautier in Neumeier's Lady of the Camellias (2009). Photo: Holger Badekow / Hamburg Ballett ©
マルグリットは目覚めると、アルマンの父との約束を守ろうと心に決め、再び愛する人の元を黙って去る。その後の大規模な宴の折、アルマンは札束の入った封筒をマルグリットに叩きつけ、世話になった借りは返したと言って彼女を公の場で憤慨させる。死期の近いマルグリットは気絶してしまう。

アルマンが語り終えると、感動した父や人々は去って行く。そこへナニーナがマルグリットの日記を持って来る。
読みながらアルマンはいかに彼女が深く心から彼を愛していたかを知り、彼女を彼から奪っていった死の病について知るのだった。

fin.


お楽しみいただけましだでしょうか。

さて、Stellaがマッシモ・ムッルに一言も触れずにブログを終われるわけがない。


椿姫@スカラ座

2008年10月にスカラ座でマッシモ・ムッルとエマヌエラ・モンタナーリのペアが椿姫を踊ったらしい。
ロベルト・ボッレとルシア・ラカッラ組、そしてガブリエーレ・コラドとマルタ・ロマーニャ組の3キャストで7回にわたり上演されたようですね。コラドとロマーニャは多分イタリア国外ではあまり知られてないかもしれませんが、マッシモとスカラを探求しているとしょっちゅう出てくる名前です。
ラカッラも観てみたいですね~

2007年に、大人気を博したスカラのプリマ、アレッサンドラ・フェリ(マッシモと組んだ「ジゼル」「こうもり」がDVD化されており、ボッレと違ってほとんど映像化されることのないマッシモを愛するStellaにとってお宝映像である❥)のスカラ座引退公演でも「椿姫」が演じられ話題になったようである。

Lucia Lacarra in Dama delle camelie


Stagione d’Opera e Balletto 2007 ~ 2008

TEATRO ALLA SCALA
1, 2 (2 rappr.), 3 , 14, 16, 23, 24 ottobre 2008


La Dame aux camélias

Coreografia e Regia
John Neumeier dal romanzo di Alexandre Dumas (figlio)

Musica Fryderyk Chopin
Direttore Ermanno Florio - Pianista Andrea Padova
Scene e costumi Jürgen Rose
Luci  John Neumeier

Étoiles

Lucia Lacarra - Roberto Bolle
nelle recite dell’ 1, 3, 14, 16 ottobre

Emanuela Montanari - Massimo Murru
nelle recite del 2 serale, 23 e 24 ottobre

Marta Romagna - Gabriele Corrado
nella recita del 2 ottobre pomeridiana

2012年1月21日土曜日

バレエ始めたよ

昨年10月、マッシモ・ムッルとシルヴィ・ギエムの世にも美しいバレエに殆ど洗脳されたくらいの衝撃を受けたStella。

先出の同僚Mさん("Mバレエ団"の団長である)に「自分でもやると、簡単そうに見えることが如何に難しいか分かりますよ」と勧められても、そんなのやらなくても充分難しそうに見えるから、大丈夫です。なんて答えていました。

そしてマッシモ観たさにBプロを見に行った後も「まだやる気になりませんか」とMさんに言われても、ええ~今さらバレエなんか始めても…と思っていた。



がしかし、そこからマッシモ探究の日々が始まり、バレエを色々か見ているうちにやっぱりやりたくなってしまって、始めちゃいました。

というワケで、
ひとこと。




5番無理っ!!!





そんなStellaを応援してください。
(でも超楽しい)

2012年1月19日木曜日

マラーホフ王子 ~Japan Nijinsky Gala (Jan 2012)~


「王子」を見た。


同僚Mさんは職場を代表するバレエファンで、一部で「Mバレエ団」と呼ばれるバレエ好きな小集団を形成している。
Stellaももちろんその一部。こないだ”入団”した。(笑)


「王子」ことウラジーミル・マラーホフは、そのMさんの最愛の人♡なのである。
これは見る価値あり!!と、急遽チケットを取って行くことに・・・


【略歴】ウラジーミル・マラーホフ (1968~)

ソ連時代のウクライナはドニプロペトロウシク州クルィヴィーイ・リーフに生まれる。4歳でバレエを始め、10歳のときモスクワのボリショイ・バレエ学校に入学。卒業後の1986年にモスクワ・クラシック・バレエ団に入団し、最も若いプリンシパルとなる。同年にはヴァルナ国際バレエコンクール金賞、1989年モスクワ国際バレエコンクール金メダル受賞。

ソ連が崩壊した1991年にロシアを離れ、1992年にウィーン国立歌劇場バレエ団のプリンシパルとなる。1994年にはカナダ国立バレエともプリンシパルとして契約。1995年、メトロポリタン歌劇場でのアメリカン・バレエ・シアター公演を機に、ABTのプリンシパルとなった。その他、プリンシパル・ゲストとして、ウィーン、シュトゥットガルト、ベルリンでも踊っている。

2002年、ベルリン国立歌劇場バレエ団の芸術監督に就任。2004年ベルリンの3つの歌劇場の統合により新設されたベルリン国立バレエ団の芸術監督に就任。20078月に膝の手術を受けてしばらく舞台を離れるが、20081月に舞台に復帰した。


というわけで、マラーホフ王子は現在46歳。

ソ連とか激動の時代を生き抜いた”ザ・才能”なわけですね。苦労も多かったことでしょう。
ウィーン、カナダ、ABTのプリンシパル契約も華々しいですが、34歳!!の若さでベルリンの芸術監督だなんて、すごいの一言です。


私が1月13日に拝見した舞台は東京バレエ団のニジンスキー・ガラ。
Nijinsky Galaに冠されているヴァーツラフ・ニジンスキー(1890~1950)はロシア人バレエダンサー・振付家です。
下記4演目のうち、2つに王子は出演していました。

「レ・シルフィード」  
 詩人:ウラジーミル・マラーホフ、プレリュード:吉岡美佳、ワルツ:佐伯知香、マズルカ:奈良春夏

「薔薇の精」
 薔薇の精:ディヌ・タマズラカル、少女:高村順子

「牧神の午後」
  牧神:後藤晴雄、ニンフ:井脇幸江

「ペトルーシュカ」
  ペトルーシュカ:ウラジーミル・マラーホフ、バレリーナ:小出嶺子、ムーア人:森川茉央、シャルラタン:柄本弾



個人的には一番良かったのは「ペトルーシュカ」。色んな人物が出てきてにぎやかで面白かった。
マラーホフの悲しげな演技が堂に入っていて良かったです。
それと小出嶺子さんの人形っぷりがすごく可愛くて、ラブリー


「薔薇の精」も、タマズラカルの踊りが美しく、もっと観たいのにあっという間に終わってしまった感じがしました。
薔薇の「精」というにはちょっと肉感的すぎるナイスバディ(ムキムキ)なタマズラカル君でしたが、端正な顔立ちで、Stellaなんかは横顔の鼻のラインにうっとりでした。


「レ・シルフィード」はショパンの有名曲ばかりで、バレエ初心者にも親しみやすいですが、特にストーリーのないアブストラクト・バレエですので、何かがハッと印象に残るわけではありませんでした。
ひたすら妖精と戯れる詩人・・・・つーかハーレム状態??


「牧神の午後」はステファヌ・マラルメの長編詩「牧神の午後」に作曲家ドビュッシーが曲をつけたものです。
ニジンスキーの振付は、古代エジプトの陶器*からヒントを得たらしい、カクカクした二次元的な動きで構成されてておもしろい。体は正面を向いてるのに、顔は横向きが基本。

↓ *こういうやつ


だからカーテンコールなんかも


こんな感じに横向いたままお辞儀とかして、お茶目でした (^-^)


そして肝心の王子を見た感想は・・・
私は初めて実物を拝見したのでよくわかりませんでしたが、実は、ちょっと、ふくよかになられたらしい。
いつもどこか悲しげな人形「ペトリューシュカ」は堂に入っていて、メイクで表情が見えないのにそれが伝わってくるのはやはり王子の表現力。
正直他の演目も見てみないとあまりジャッジできないです~~~
というわけでまた見たい。

それよりも一番感動したのは、王子の熱愛者であるMさんもそのバレエ仲間のGさんも、
「太っても何しても、やっぱり王子が好き」と、変わらぬ愛を確かめていたことだ。
エライわー。

私はもしマッシモが太っても、変わらず愛し続けることができるかしら

ていうかそもそもマッシモが太るって想像を絶するんだけど…
うーん厳しいかもしれない。
まだまだ私の愛も未熟だわー。
反省っ



ちなみに我が"Mバレエ団"は毎週金曜日、小会議室のプロジェクターを使ってバレエ鑑賞ランチなるものを開催している。発案したのは何気にStellaである。

弊社の社員食堂は、東日本大震災以来、節電のため(?)毎週金曜日クローズすることになってしまったため、外食するかお弁当持参で会議室などで食べるかになっていた。
そこで白昼堂々と(笑)マッシモ・ムッルのバレエをしかも歩くバレエ事典・Mさんの詳し~い解説付きで観たい!!というStellaの勝手な野望により、このランチはほぼ毎週定期開催される運びとなったのである。(ちなみにマッシモばかりを観ているわけではありません)
今では法務部のMさんとか、業者さんのTさんとかも参加してなかなか賑やかな日もある。
明日も鑑賞ランチだ♪



おしまい♪

2012年1月11日水曜日

Chéri 1996

2012年を迎えまして、気持ちも新たにブログしていきたいと思います!
コメント、大歓迎です。
最近はバレエというか、マッシモ・ムッルのことしか書いてませんが、そのうち他のことも書きます。(^_^;)


さて今日は、マッシモにとって「思い出深い作品No.1」、ローラン・プティ振付、カルラ・フラッチとマッシモ・ムッル主演「シェリ」Chéri について。
ますは、マッシモへのインタビューではなく、作品自体のレビューのご紹介から。
海外版Dance Magazine (June 1996)に掲載の英文記事の訳です。


このバレエ作品、残念ながらDVDになっていないので、数少ないながらも探し出した断片的なイメージと画像とから得られるイメージしかなく、2009年映画化された「わたしの可愛い人―シェリ」を参考に観てみました。
この映画では最後にシェリは銃で自殺したことになっていますが、おそらく「シェリ」(1920)続編の「シェリの最期」(Fin de Chéri, 1926)でそういう結末だったのだと思います。「シェリ」自体では、シェリが他の女性と結婚しレアと一旦別れたものの、忘れることができずレアの家に戻ってくるが、レアは結局シェリを追い返すというところまでです。


前置きがやや長くなりますが、「シェリ」原作を書いた作家について、面白いのでご紹介したいと思います。

コレットはフランス人女性作家です。(Sidonie-Gabrielle Colette, 1873~1954)
これまたユニークな人生を送っており、20歳で結婚した15歳上の旦那は有名なバイセクシュアル、33歳の時に不実な夫と別れて女性作家のところに一時住んでいましたが、この女性(生涯友人だった)や、あの有名なジョセフィン・ベーカーとも(恋愛)関係を持っています。
コレットは、恋人の女性(Marquise de Belbeuf)のコネでパリのミュージック・ホールで仕事を始め、1907年には「エジプトの夢」(Rêve d'Egypt)を恋人と二人でムーランルージュで踊っています。しかし作品中のキスシーンが劇場内に暴動を起こし、警察沙汰になり上演は中止、二人はもう公には同棲できなくなったものの、二人の関係は5年間続いています。
その後39歳で再婚し、さらに3度目の結婚もしているという!
当時のフランスにはこういうドラマチックな人生を歩んだ芸術家が沢山いますが、はっきり言って・・・「シェリ」もいいけどあんたの人生のほうがよっぽどドラマでしょ!!とツッコミ入れたくなりました。
こんなにハチャメチャなのに・・・3度も結婚しながらレズビアンカルチャーを公にしていたのに、ベルギーやフランスの権威ある(ほとんど神々しい)文学アカデミーのプレジデントやシュバリエに任命されているという*
フランスの寛容さと芸術への理解の深さに脱帽です。
ともあれ、こうした作家のプロフィールを知ると、女主人公のレアが元高級娼婦、シェリの母親も然りという設定も、得意とするところだろうなと思いますよね。


コレット自身による「エジプトの夢」ポスター
 *ベルギー王立アカデミー会員 (1935), ゴンクール・アカデミーのプレジデント (1949) (また1945年に女性初のメンバーになっている),レジオン・ドヌールのシュヴァリエ (1920)、グランド・オフィサー (1953) を歴任。
(参考)http://en.wikipedia.org/wiki/Colette


【ダンス・マガジン 記事 1996年6月】

「シェリ」レビュー ミラノ・スカラ座 1996年2月14~26日
by シルヴィア・ポレッティ

1996年にカルラ・フラッチは人生における二つの重要な節目を迎えた。
60歳の誕生日とスカラ座との50周年である。このバレリーナへの贈り物として、スカラはローラン・プティを迎え、フランス人作家コレットの小説にインスパイアされた全一幕の作品「シェリ」を作らせた。

Carla Fracci
今のフラッチにレアはまさに適役だ。成熟した魅力的な高級娼婦のレアは若いシェリに惚れ込んでしまう。彼女はシェリに傷つけられるだろうことを承知の上で、最後の情熱を彼に傾ける。コレットが描く通り、彼はあまりに若くハンサムでスポイルされているため、エゴイストなのだった。驚くまでもないが、シェリはレアを捨て、若い金持ちの女と結婚する。実はレアこそが彼の生涯の恋人であることを悟らずに。戦争から戻り、退廃したシェリはレアの元へ帰って来るが、そこには寂しい老女の姿があるだけだった。

プティはフラッチの女性としての夕暮れ時の美しさと、マッシモ・ムッルの若々しい色気を対峙させている。この組み合わせにより、悲劇的なまでに全く異なる感情を抱いた2人のラブシーンを、ドラマチックで興味をそそるものに仕立てている。

ダンスはいつものプティらしく流れるようにエレガントかつ官能的で、ダンサー達の解釈により特に興味深く作り上げられていた。コレットが描いたような、シェリの大胆さを面白がり惹かれていく洗練された高級娼婦を演じるのでなく、フラッチはもっと母のようで優しい。そのせいで最後のシェリとの再会の劇的さは弱まる結果となっているが、フラッチが非常に巧みにレアの無言の絶望を表現しているため、彼女の脆くはかない存在が観客の方へと飛び離れ、彼女の悲劇へと巻き込むのである。


細部のタッチにより、プティはレアの浅はかな取り巻きに性格を持たせ、また当時の社交ダンスを描き出すことにより世紀末の時代背景を表現することに成功している。ルイザ・スピナテッリの舞台装飾は世紀末のパリを彷彿とさせ、ポーレンクによる音楽がふさわしいメランコリーな雰囲気をもたらしている。

若きプリンシパルダンサー、マッシモ・ムッルはアーティストとして急速に成長している。また特筆すべきはプログラムの幕開けで「シャブリエの6つのダンス」 Les Six Danses de Chabrier ("Six Dances by Chabrier")でソリストを務める20歳のロベルト・ボッレである。長身、ハンサムで大胆、テクニックに優れたボッレは、注目すべき才能だ。


【補足コメント】
実はバレエ作品としての「シェリ」は、プティが最初ではなく、ピーター・ダレル振付により1980エディンバーグフェスティバルでスコットランドバレエにより初演され(音楽:デビッド・アール)、1989年に香港バレエによりリバイズ版が上演された。他、ミュージカル化及び先述の2009年の映画以前にも1950年に映画化されている。


【訳者感想】
訳してみて思うのは何よりも、「舞台が観てみたかった!!」の一言です。
そこまでマッシモの心に刻まれる作品。
技術的・表現的には今の方がはるかに優れているのは間違いないですが、やはり若い時、そして初めて大物振付家の振付で名バレリーナ(フラッチは「スカラの至宝」とされていた)を相手に踊る、弱冠25歳。プリンシパルに抜擢されて2年後の話(エトワールになるのは2003年のこと)。
ものすごいプレッシャーだったことでしょう。
でも、監督のテラブストの信頼、プティの信頼、パートナーのフラッチからの信頼。これらを裏切らないようにきっとものすごーく頑張ったんだろうなぁ・・・などと想像するのみです。
今や40歳、「シェリ」役はちょっと厳しいかもね。その分素敵になっていますが。ふふふ。



【原文】

by Silvia Poletti

LA SCALA BALLET TEATRO ALLA SCALA, MILAN FEBRUARY 14-20, 1996
REVIEWED BY SILVIA POLETTI
In 1996 Carla Fracci celebrates two important milestones in her life: her sixtieth birthday and her golden jubilee with La Scala.
As a gift for the ballerina the theater invited Roland Petit to create Cheri, a one-act ballet inspired by the work by French novelist Colette.
The principal role of Lea is exactly right for Fracci today. Lea is a mature and fascinating woman of the demimonde who allows herself to be captivated by a young man, Cheri.
She lives out her last passion with him, though she knows that Cheri will hurt her. As Colette writes, he is too young, too handsome, too spoiled not to be an egoist. Sure enough, Cheri leaves her to marry a young heiress, not understanding that Lea is the true love of his life.
Returning from war, when he realizes his decadence and returns to Lea, he finds only an old woman lost in loneliness.
Petit counters Fracci's twilight beauty with Massimo Murru's fresh cockiness, a mix that makes the love scenes an intriguing dramatization of the very different feelings in the hearts of this tragically mismatched pair.
The dancing, as always with Petit, is flowing, elegant, and sensual made particularly interesting here by the dancers' interpretations. instead of the sophisticated courteson amused and attracted by Cheri's boldness, as described by Colette, Fracci is more motherly, more tender.
This makes Lea and Cheri's final meeting weaker dramatically, but Fracci is so effective at expressing Lea's mute despair that her tiny, frail figure towers over the audience, involving all in her drama.
Small touches enable Petit to characterize Lea's frivolous entourage and to show the years rolling by the turn of the century by depicting social dances of the day. Luisa Spinatelli's set and decor ideally evoke fin-de-siecle Paris, and music by Poulenc provides the right melancholic atmosphere.
A young premier danseur, Murru is quickly maturing artistically. Also worthy of remark is twenty-year-old Roberto Bolle, a soloist in Petit's light and mannered Les Six Danses de Chabrier ("Six Dances by Chabrier"), which opened the program. Tall, handsome, bold, and technically strong, Bolle is a talent to encourage.
COPYRIGHT 1996 Dance Magazine, Inc.
COPYRIGHT 2004 Gale Group