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2012年1月28日土曜日

Roland Petit comments on Giselle by Mats Ek

イタリアの新聞Corriere della Seraより。

1997年にマッツ・エック版「ジゼル」の主役アルブレヒトをスカラ座で踊ったマッシモ・ムッルについて、振付家のローラン・プティがインタビューされた記事です。
訳が拙い部分もありますがお許し下さい。

一般メディアや多くの人がヌードにばかり注目し騒ぎ立てたのに対し、自身もそのアヴァンギャルドさゆえにスキャンダラス(とされる)な振りや演出を用いて表現するローラン・プティの見方はやはり違います。
それでも新聞側は、なんとかスキャンダラスなボキャブラリーを使って書き立てようとしているのが嫌らしいですが・・・


【記事本文】

スカラ座で上演中の、ヌードシーンもある革新的な「ジゼル」の主人公は巨匠ローラン・プティの"教え子"である。

「僕はマッシモ・ムッルが舞台でジゴロという'わらじ'を履き、あのフラッチを赤面させるのを見たし、彼はチャイコフスキーの『白鳥』初のアブストラクトな白鳥役を演じることになるだろう」。

「マッシモ・ムッル?スキャンダラスな役に最適だよ」。

振付の巨匠ローラン・プティはマッツ・エック版「ジゼル」で完全に新解釈された裸体の王子に太鼓判を押した。先週水曜日にスカラ座で初演された(テレビ放映は修正版第2幕と無修正の第1・3幕)。

「ムッルは心をかき乱された人物を具現化するために生まれてきたようなダンサー。それに素晴らしいテクニックに恵まれている」とプティは請け合う。「コレット(フランス人作家)の作品にインスパイアされ、2年前『シェリ』での(カルラ・)フラッチのジゴロ役に選びました」。

このキャリアで最初の大抜擢により、ムッルは"ライバル"であるもう1人のスカラのプリンシパルダンサー、ロベルト・ボッレに大胆な一撃を食らわした。

Fracci and Petit, Cheri rehearsal

「リハの最中僕はムッルに、年上のレアに対するシェリの肉欲を身体で表現するように言った」。

プティはその当時を語る。

「しかし脚の付け根にちらりと視線をやるだけで十分だったのです。フラッチが本当に恥じらったのでね。マッシモは性格的に暗くて控え目だと思っていたので驚きました」。

全裸の王子の次は、またショックな役柄が当てられていると、予告したのはプティ本人である。

「ムッルはこれから私のチャイコフスキーによる『白鳥の湖』で、逆の役を演じます。ジークフリート王子ではなく、伝統的には女性が演じる白鳥の役です。
王子役にはペテルブルクのキーロフバレエ団のエトワール、アルティナイ・アシルムラトワを選びました。このバレエは3月にマルセイユで幕を開け、イタリアにも間もなくやってきます」。

Asylmuratova and Murru, in Swan Lake and its Evil Spells

何故役を逆にしたのですか?

「なぜなら現代では本当の白鳥、繊細で弱い生き物は男性だから。人生でもダンスでも、女性が支配する立場にある。もちろんこれははっきりしない白鳥で、女性を甘やかに扱うよりもオスの仲間たちと群れをなす方を好むという、何の魅力もない王子です。
面白くて怖いストーリーになると思います。ちょっと30年代のベラ・ルゴシのホラー映画みたいな雰囲気で。この作品に『白鳥の湖とその呪い』というタイトルを付けましたが、『白鳥の湖とその曖昧さ』と呼ぶこともできるでしょう」。

革新的なバレエ作家であるあなたにとって、スキャンダルを起こすことは何を意味しますか?

「私の『カルメン』は1950年代のカナダではポルノだと見なされ、警察が幕を降ろせと言ったほどでした。しかしその後長きにわたって成功を収めている」。

fin.


【訳者補足】

「白鳥の湖とその呪い」について
マッシモがアシルムラトワと組んだプティのアブストラクトな「白鳥」については、前にYouTubeで画像を見ていったいこれは何?と不思議に思った記憶が。

ここにきて思いがけずプティ本人からその作品背景(なぜ男女の役を逆にしたのか)が聞けて、興味深かったです。

「白鳥の湖とその呪い」は1998年3月28日にマルセイユで初演されました。

四半世紀以上にわたりマルセイユ国立バレエの監督を務めたプティからの、バレエ団へのフェアウェルでもあったこの作品は、1995年から3シーズンコントラクティド・ゲスト・アーティストとして同バレエ団で踊った名バレリーナ、アシルムラトワ*の為に作られたもの。

そしてアイルムラトワのマルセイユでの舞台はこれが最後となりました。アシムラトワはプティのマルセイユ監督辞任に関してこう述べています。「今世界に数少ない才能ある振付家の一人で、非常にもったいないこと。彼は難しい人だけれど本当に才能があるし、マルセイユバレエ団のために全てを行いました。ストゥディオをオープンし、学校も作った。26年という歳月は一生の大部分です」。

この辺のプティに関するコメントは、マッシモがContrappunti Massimo Murruで語っていた「難しい人だ(った)けれど才能豊か」というのと一致!ですね。


Altinai Asylmuratova
チュチュやポワントシューズを一切履かずに踊るこの作品。ポワントを取り除くというアイディアは実はアシルムラトワから発案されたのだとか。
現役時代はさぞかし美しいダンサーだったのでしょう!

*アルティナイ・アシルムラトワ:1961年旧ソヴィエト、カザフスタン生まれ。ワガノワ・コレオグラフィック・インスティチュートで学んだのちキーロフバレエに1987年入団、4年でプリンシパルに昇格。世界各国でゲスト・アーティストとして活躍。2000年にワガノワ・アカデミーのアートディレクターに就任後、舞台は引退。

参考:http://www.kirov.com/hstories/altyroland/altyroland.html

 

【原文】

http://archiviostorico.corriere.it/1997/dicembre/20/Roland_Petit_quel_ballerino_nudo_co_0_97122012874.shtml

IL CASO Il protagonista che appare svestito nella rivoluzionaria " Giselle " in scena alla Scala (ripreso da tutti i tg) e' il " pupillo " di un grande maestro

Roland Petit: quel ballerino nudo, perfetto per ruoli choc

Il coreografo: " Ho scoperto io Murru: sul palco imbarazzo' la Fracci nei panni di un gigolo' . E sara' il primo cigno ambiguo di Ciaikovski "

----------------------------------------------------------------- IL CASO Il protagonista che appare svestito nella rivoluzionaria "Giselle" in scena alla Scala (ripreso da tutti i tg) e' il "pupillo" di un grande maestro di VALERIA CRIPPA Roland Petit: quel ballerino nudo, perfetto per ruoli choc Il coreografo: "Ho scoperto io Murru: sul palco imbarazzo' la Fracci nei panni di un gigolo'. E sara' il primo cigno ambiguo di Ciaikovski" "MMARSIGLIA assimo Murru? Perfetto per ruoli scandalosi". Parla Roland Petit, il primo grande coreografo che ha "puntato" sul principe nudo ripreso da tutti i tg nella Giselle di Mats Ek, presentata per la prima volta alla Scala mercoledi' scorso (e trasmessa in tv in versione censurata dal tg 2 e senza dissolvenze da tg 1 e tg 3). "Murru - assicura Petit - e' nato per incarnare personaggi derange', disturbati, ed e' dotato di una meravigliosa tecnica.
Infatti l'ho scelto due anni fa per interpretare il gigolo in Cheri, ispirato al racconto di Colette, accanto alla Fracci".
Quel primo grande ruolo della sua carriera Murru l'aveva soffiato al "rivale" Roberto Bolle, l'altro primo ballerino di punta della Scala, con un audace "colpo di mano": "Avevo chiesto a Murru, durante le prove del balletto, un gesto che rendesse il desiderio carnale di Cheri nei confronti della matura Lea - aveva raccontato Petit all'epoca del debutto - ed e' bastato che si sfiorasse l'inguine con la mano, perche' la Fracci manifestasse sincero imbarazzo. E' stato sorprendente, tanto piu' che Massimo appare, come persona, cupo e riservato". Dopo il principe nudo, e' in arrivo per lui un altro personaggio - choc. Ed e' proprio Petit ad anticipare la notizia:
"Murru sara' il protagonista del mio Lago dei cigni di Ciaikovski con ruoli invertiti. Non interpretera' il principe Sigfrido, ma il Cigno, ruolo tradizionalmente affidato a una donna. Per quello del principe, ho scelto Altynai Asylmuratova, etoile del Kirov di Pietroburgo .

Il balletto debuttera' a Marsiglia in marzo, ma arrivera' presto anche in Italia". Come mai questo scambio di ruoli? "Perche' oggi i veri cigni, creature sensibili ed eteree, sono gli uomini: nella vita come nella danza, e' la donna a dirigere. Questo e' evidentemente un Cigno ambiguo che preferisce unirsi a un gruppo di pennuti maschi piuttosto che concedersi alla donna - principe per la quale non prova alcuna attrazione.
Ne uscira' una storia divertente, mi auguro, e un po' mostruosa, calata negli anni '30 in un'atmosfera da film horror di Bela Lugosi. L'ho intitolato il Lago dei cigni e i suoi malefici, ma avrei potuto chiamarlo Il Lago dei cigni e le sue ambiguita". Per lei, autore di balletti rivoluzionari, cosa significa fare scandalo?
"La mia "Carmen" negli anni '50 in Canada fu considerata pornografica tanto che la polizia mi impedi' di alzare il sipario. Per la prima volta si vedevano due amanti a letto. Ma il suo successo e' rimasto inalterato negli anni".*
Crippa Valeria
Pagina 37
(20 dicembre 1997) - Corriere della Sera

2012年1月11日水曜日

Chéri 1996

2012年を迎えまして、気持ちも新たにブログしていきたいと思います!
コメント、大歓迎です。
最近はバレエというか、マッシモ・ムッルのことしか書いてませんが、そのうち他のことも書きます。(^_^;)


さて今日は、マッシモにとって「思い出深い作品No.1」、ローラン・プティ振付、カルラ・フラッチとマッシモ・ムッル主演「シェリ」Chéri について。
ますは、マッシモへのインタビューではなく、作品自体のレビューのご紹介から。
海外版Dance Magazine (June 1996)に掲載の英文記事の訳です。


このバレエ作品、残念ながらDVDになっていないので、数少ないながらも探し出した断片的なイメージと画像とから得られるイメージしかなく、2009年映画化された「わたしの可愛い人―シェリ」を参考に観てみました。
この映画では最後にシェリは銃で自殺したことになっていますが、おそらく「シェリ」(1920)続編の「シェリの最期」(Fin de Chéri, 1926)でそういう結末だったのだと思います。「シェリ」自体では、シェリが他の女性と結婚しレアと一旦別れたものの、忘れることができずレアの家に戻ってくるが、レアは結局シェリを追い返すというところまでです。


前置きがやや長くなりますが、「シェリ」原作を書いた作家について、面白いのでご紹介したいと思います。

コレットはフランス人女性作家です。(Sidonie-Gabrielle Colette, 1873~1954)
これまたユニークな人生を送っており、20歳で結婚した15歳上の旦那は有名なバイセクシュアル、33歳の時に不実な夫と別れて女性作家のところに一時住んでいましたが、この女性(生涯友人だった)や、あの有名なジョセフィン・ベーカーとも(恋愛)関係を持っています。
コレットは、恋人の女性(Marquise de Belbeuf)のコネでパリのミュージック・ホールで仕事を始め、1907年には「エジプトの夢」(Rêve d'Egypt)を恋人と二人でムーランルージュで踊っています。しかし作品中のキスシーンが劇場内に暴動を起こし、警察沙汰になり上演は中止、二人はもう公には同棲できなくなったものの、二人の関係は5年間続いています。
その後39歳で再婚し、さらに3度目の結婚もしているという!
当時のフランスにはこういうドラマチックな人生を歩んだ芸術家が沢山いますが、はっきり言って・・・「シェリ」もいいけどあんたの人生のほうがよっぽどドラマでしょ!!とツッコミ入れたくなりました。
こんなにハチャメチャなのに・・・3度も結婚しながらレズビアンカルチャーを公にしていたのに、ベルギーやフランスの権威ある(ほとんど神々しい)文学アカデミーのプレジデントやシュバリエに任命されているという*
フランスの寛容さと芸術への理解の深さに脱帽です。
ともあれ、こうした作家のプロフィールを知ると、女主人公のレアが元高級娼婦、シェリの母親も然りという設定も、得意とするところだろうなと思いますよね。


コレット自身による「エジプトの夢」ポスター
 *ベルギー王立アカデミー会員 (1935), ゴンクール・アカデミーのプレジデント (1949) (また1945年に女性初のメンバーになっている),レジオン・ドヌールのシュヴァリエ (1920)、グランド・オフィサー (1953) を歴任。
(参考)http://en.wikipedia.org/wiki/Colette


【ダンス・マガジン 記事 1996年6月】

「シェリ」レビュー ミラノ・スカラ座 1996年2月14~26日
by シルヴィア・ポレッティ

1996年にカルラ・フラッチは人生における二つの重要な節目を迎えた。
60歳の誕生日とスカラ座との50周年である。このバレリーナへの贈り物として、スカラはローラン・プティを迎え、フランス人作家コレットの小説にインスパイアされた全一幕の作品「シェリ」を作らせた。

Carla Fracci
今のフラッチにレアはまさに適役だ。成熟した魅力的な高級娼婦のレアは若いシェリに惚れ込んでしまう。彼女はシェリに傷つけられるだろうことを承知の上で、最後の情熱を彼に傾ける。コレットが描く通り、彼はあまりに若くハンサムでスポイルされているため、エゴイストなのだった。驚くまでもないが、シェリはレアを捨て、若い金持ちの女と結婚する。実はレアこそが彼の生涯の恋人であることを悟らずに。戦争から戻り、退廃したシェリはレアの元へ帰って来るが、そこには寂しい老女の姿があるだけだった。

プティはフラッチの女性としての夕暮れ時の美しさと、マッシモ・ムッルの若々しい色気を対峙させている。この組み合わせにより、悲劇的なまでに全く異なる感情を抱いた2人のラブシーンを、ドラマチックで興味をそそるものに仕立てている。

ダンスはいつものプティらしく流れるようにエレガントかつ官能的で、ダンサー達の解釈により特に興味深く作り上げられていた。コレットが描いたような、シェリの大胆さを面白がり惹かれていく洗練された高級娼婦を演じるのでなく、フラッチはもっと母のようで優しい。そのせいで最後のシェリとの再会の劇的さは弱まる結果となっているが、フラッチが非常に巧みにレアの無言の絶望を表現しているため、彼女の脆くはかない存在が観客の方へと飛び離れ、彼女の悲劇へと巻き込むのである。


細部のタッチにより、プティはレアの浅はかな取り巻きに性格を持たせ、また当時の社交ダンスを描き出すことにより世紀末の時代背景を表現することに成功している。ルイザ・スピナテッリの舞台装飾は世紀末のパリを彷彿とさせ、ポーレンクによる音楽がふさわしいメランコリーな雰囲気をもたらしている。

若きプリンシパルダンサー、マッシモ・ムッルはアーティストとして急速に成長している。また特筆すべきはプログラムの幕開けで「シャブリエの6つのダンス」 Les Six Danses de Chabrier ("Six Dances by Chabrier")でソリストを務める20歳のロベルト・ボッレである。長身、ハンサムで大胆、テクニックに優れたボッレは、注目すべき才能だ。


【補足コメント】
実はバレエ作品としての「シェリ」は、プティが最初ではなく、ピーター・ダレル振付により1980エディンバーグフェスティバルでスコットランドバレエにより初演され(音楽:デビッド・アール)、1989年に香港バレエによりリバイズ版が上演された。他、ミュージカル化及び先述の2009年の映画以前にも1950年に映画化されている。


【訳者感想】
訳してみて思うのは何よりも、「舞台が観てみたかった!!」の一言です。
そこまでマッシモの心に刻まれる作品。
技術的・表現的には今の方がはるかに優れているのは間違いないですが、やはり若い時、そして初めて大物振付家の振付で名バレリーナ(フラッチは「スカラの至宝」とされていた)を相手に踊る、弱冠25歳。プリンシパルに抜擢されて2年後の話(エトワールになるのは2003年のこと)。
ものすごいプレッシャーだったことでしょう。
でも、監督のテラブストの信頼、プティの信頼、パートナーのフラッチからの信頼。これらを裏切らないようにきっとものすごーく頑張ったんだろうなぁ・・・などと想像するのみです。
今や40歳、「シェリ」役はちょっと厳しいかもね。その分素敵になっていますが。ふふふ。



【原文】

by Silvia Poletti

LA SCALA BALLET TEATRO ALLA SCALA, MILAN FEBRUARY 14-20, 1996
REVIEWED BY SILVIA POLETTI
In 1996 Carla Fracci celebrates two important milestones in her life: her sixtieth birthday and her golden jubilee with La Scala.
As a gift for the ballerina the theater invited Roland Petit to create Cheri, a one-act ballet inspired by the work by French novelist Colette.
The principal role of Lea is exactly right for Fracci today. Lea is a mature and fascinating woman of the demimonde who allows herself to be captivated by a young man, Cheri.
She lives out her last passion with him, though she knows that Cheri will hurt her. As Colette writes, he is too young, too handsome, too spoiled not to be an egoist. Sure enough, Cheri leaves her to marry a young heiress, not understanding that Lea is the true love of his life.
Returning from war, when he realizes his decadence and returns to Lea, he finds only an old woman lost in loneliness.
Petit counters Fracci's twilight beauty with Massimo Murru's fresh cockiness, a mix that makes the love scenes an intriguing dramatization of the very different feelings in the hearts of this tragically mismatched pair.
The dancing, as always with Petit, is flowing, elegant, and sensual made particularly interesting here by the dancers' interpretations. instead of the sophisticated courteson amused and attracted by Cheri's boldness, as described by Colette, Fracci is more motherly, more tender.
This makes Lea and Cheri's final meeting weaker dramatically, but Fracci is so effective at expressing Lea's mute despair that her tiny, frail figure towers over the audience, involving all in her drama.
Small touches enable Petit to characterize Lea's frivolous entourage and to show the years rolling by the turn of the century by depicting social dances of the day. Luisa Spinatelli's set and decor ideally evoke fin-de-siecle Paris, and music by Poulenc provides the right melancholic atmosphere.
A young premier danseur, Murru is quickly maturing artistically. Also worthy of remark is twenty-year-old Roberto Bolle, a soloist in Petit's light and mannered Les Six Danses de Chabrier ("Six Dances by Chabrier"), which opened the program. Tall, handsome, bold, and technically strong, Bolle is a talent to encourage.
COPYRIGHT 1996 Dance Magazine, Inc.
COPYRIGHT 2004 Gale Group

2012年1月9日月曜日

ひと息 ~これまでの記事を振り返って

あけましておめでとうございます。
今年もStellaのブログをよろしくお願いします。


さて昨年10月、マッシモ・ムッルに「一目惚れ」して以来、彼についてできるだけのことを知りたいと思い、あらゆるところに彼を探し求め、見つけた記事と写真を片っ端から日本語にして紹介してきました。

だいぶ記事もたまってきたので、ここで感想を述べたいと思います。




訳していると自分の主観は入れないようにしているので、ブログを書いていながら自分はほとんど語らない。
マッシモの言葉ひとつひとつ噛み締めながら、この言葉はどういった背景から生まれて来るのだろう?と想像し、調査し、何度も読み込みながら、非常に乏しいバレエ知識と理解力との闘いみたいなものでした。自分でも「よくやるよ」と時々思いますが、そこはやっぱり、好きな人の大切なバレエを語る言葉、私にとってもすごく大事。


そんなこんなして膨大な余暇の時間を費やしていると、訳しながら色々思うこと・感じることがたくさん自分の中に蓄積されていきます。


10月26日、シルヴィ・ギエムのHope Japanツアー Aプロで初めてマッシモと出会ったわけですが、この2ヶ月強、彼について初心者ながら探究していく中で私が見たマッシモ・ムッルは、「真摯にバレエに向き合う人」、そしてその静かな佇まいとは裏腹の「ダンスと音楽に対して燃え尽きない情熱を抱く人」、また「非常に知的で考察と解釈に深みのある人」です。
「オネーギン」「マノン」「さすらう若者の歌」等々、解釈の難しそうな作品が彼の代表作ですものね。

 


「マノン」
"Intervista esclusiva"(http://i-diari-di-stella.blogspot.com/2011/12/intervista-esclusiva-massimo-murru.htmlで紹介しましたが、あの素晴らしいデグリュ役の影には多年に渡り重ねてきたレッスンと舞台での経験だけでなく、初代デグリュであるアンソニー・ダウエルから直接指導を得られたという幸運もあったのですね。
私はマッシモもダウエルも生で観たのは一度しかありませんが、それがシルヴィ・ギエムツアーでの「マノン」(2011年10月)でした。
2011年1月にスカラ座でやはりシルヴィ・ギエムと組んで「マノン」全幕を演じ、観客に大きな感動を与え大成功を収めた(http://i-diari-di-stella.blogspot.com/2011/11/about-massimo-murru-i.html)でご紹介しています)わけですが、ここまで長年踊り続けて、やっと「自分のものにできた」(ダンスマガジン2012年1月号のインタビューより)とマッシモ。


スカラ座ウェブサイトのビデオでも、マッシモが一人、長く語っています(http://www.teatroallascala.org/en/season/opera-ballet/2010-2011/histoire-de-manon_cnt_15398.html)が、内容をかいつまむと、「マノンと長年付き合っていくうちに自分の性格の変化とともにデ・グリューの性格も常に変化してきた。ひとつひとつのパ、動作、視線が毎晩同じことはなく、自分と一緒に生きているバレエ作品」と語っています。文字通り、作品と自分の人生が重なっているわけですね。彼の言葉がすごく情緒豊かで素敵です!






そして、あらゆるインタビューに繰り返し出てくる3人の人物。

エリザベッタ・テラブスト
ローラン・プティ
カルラ・フラッチ
です。

"Cheri" rehearsal, Roland Petit, Carla Fracci and Massimo Murru


シルヴィ・ギエムについては、(マッシモファンとしては言いにくいですが・・・やはり客観的に見ても)彼女のおかげで世界の舞台に立つ機会が得られてると思いますし、組む回数も多く長い付き合いな割に、コメント少なし。
勝手な推測ですが、彼女についてはマッシモが何も言わなくても百万個くらい色んな人による様々なコメントが言い尽くされてますし、大スターなだけに、パートナーなだけに、コメントには慎重にならざるを得ないのかな。


そう言えば、意外ですが、フラッチ以外の他のパートナー達に関しても特にコメントしているのは見たことありません。(1度だけ、モンタナリだったかしら?に関してポジティブコメントを見たのが印象に残ってますが)
個人的にはギエムはもちろん(個性の強い女王様だから演目選びますけど)、ルシア・ラカッラとの並びが好きです。やはり美しいものには美しいものを対峙させて然るべき。




Lucia Lacarra


いっぱいマッシモの記事を読みましたが、今更ながらすごいキャリア…そして名だたる名バレリーナを相手に幾多の舞台を踏んできたマッシモ。
2011,2012のスケジュールは余りに静かで心配になります。

これも推測でしかありませんが、先述のエリザベッタ・テラブスト(1994年にマッシモをプリンシパルダンサーに抜擢した)が一時期2回目のスカラ座芸術監督に返り咲いた(2007)ものの、再び監督交代になったのが大きいのではないかと…
彼女がスカラに戻った時、マッシモはさぞ嬉しかったことでしょう。「素晴らし過ぎて夢のようだ、信じられない」「彼女は僕にとって初恋の人みたいなもの」と言ってましたから、オイオイそこまでかい?と心の中でツッコミ入れたくらいです。(^_^;)

また別のインタビューでも、「エリザベッタとは素晴らしく気があって相性も抜群」「自分を最初に信じてくれた人」と述べていますし、第二の大切な出会い、プティと巡り会えたのもテラブストのお陰(遅かれ早かれ他の機会が訪れた可能性もありますが)ですから、確かに彼女は特別な存在なのでしょう。



Cheri, Carla Fracci and Roland Petit



こんな事言い始めたらキリがないけど、やはりマッシモ、プティ、フラッチの生まれたタイミングや、テラブストがスカラの監督に着任していた時期、これらがまた絶妙な重なりをもってマッシモに(そして皆に)好機と幸運をもたらしていたと思います。


―1990年、フラッチは60歳の誕生日とスカラ座との蜜月50周年を迎え、スカラ座からの贈り物としてプティがフラッチのために振り付けたのが「シェリ」なのです。もちろん、当時の監督はテラブスト。彼女の勧めでプティのオーディションを受けたマッシモは見事、フラッチの若い"ジゴロ"、シェリ役を射止めます。
ここでプティはマッシモを見込み、のちにマッシモのために最多の作品を作ってくれます。

 
・・・それももう、20年以上前のこと。
2011年7月にプティは他界、マッシモにとってもっとも大きな意味をなす振付家はもうこの世にいない。そしてテラブスト監督という後ろ盾もなく、ましてやイタリアもヨーロッパも経済危機で劇場初め芸術分野の予算は削減。マッシモ御歳、40。
向かい風の嵐ですが、ファンとしてはエールを送り続けるより他ありません。

 予告編のようになりますが、今翻訳中の記事がいくつかあります。
時系列で追っているわけではないので、訳した主な記事・比較的最近の記事の中から重要と思われるトピックを引っ張ってきますので、芋づる方式に時間を行ったり来たりもあります。


これから訳したいと思っている記事は、表現者としての彼を開眼させた、そしてローランと・フラッチとの最初の記念すべき作品「シェリ」。
そして物議をかもした、しかし彼自身は芸術的に非常に高く評価している、マッル・エック版「ジゼル」。
これらに対するマッシモ自身そして周囲のコメントは非常に興味深く、また、必ずしも彼のキャリアはラッキーな出会いと若さと魅力に満ちたバラ色の人生だったわけではないと、改めて知らされます。
正直なところ、訳していて切なく、時には悲しくなったりもしました。
でも、それがかれにとってその時の真実であるならばそれを直視したいと思いますし、それらの全てを含めて、ダンサーとしての彼をやはり好ましいと感じています。


ちょっとフライングになりますが、私が最も心打たれたマッシモの言葉をひとつ、ご紹介します。
「ひとつだけ僕が個人的に追いかけている夢は仕事のことではありません。良い人間になることです。ダンスは間違いなくその助けになっています。まずは内面にある鏡です。人生では自分を隠すことを覚えますが、望もうと望むまいと、踊れば本当の自分が出てきます。それと自分が好きになれない性格(側面)を直す助けになります。
僕は昔から閉ざされた、内気な、ほとんど心ここにあらずといったまなざしの男の子でした。でも演目の登場人物になろうとする時、役柄に入り込もうとする時、自分を投げ捨てるのは簡単になります。なぜなら外に出て来るのは僕じゃなくてデグリュやロミオ、シェリだから、何も恥じることはないのですから!」。


すでに、(私の知るほんのわずかの片鱗からも伺えるほど)奢らず、真面目で、優しいマッシモですが、同時にこういった心がけを常に忘れない人なんだと知りました。
この言葉には、彼という人柄がよく現れていると思います。
すべてのダンサーが、こんな風に考えているわけではないでしょう。稀に見る純真さというか、正直で、自分を飾らず弱いところも認めることができる勇気のある人。
外見やバレエにおいての表現だけでなく、内面も美しいダンサーと出会えたことに感謝しています。


ありがとう、マッシモ。
これからも、応援しています。
Grazie Massimo per tutti, ti mando mio sincero sostegno, per sempre.